名古屋高等裁判所 昭和45年(ネ)27号 判決 1972年10月26日
控訴人 鬼頭善一
右訴訟代理人弁護士 大畑政盛
被控訴人 山下富広
右訴訟代理人弁護士 奥嶋庄治郎
主文
原判決を左のとおり変更する。
控訴人は、被控訴人から金六九四万八、七七八円の支払いを受けるのと引き換えに、被控訴人に対し、別紙目録(一)、(二)記載の各土地につき名古屋法務局蟹江出張所昭和四二年三月一日受付第一一九四号所有権移転請求権仮登記に基づく本登記手続をせよ。
被控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。
事実
第一申立て
一、控訴代理人の求めた判決
(一) 原判決を取消す。
(二) 被控訴人の請求を棄却する。
(三) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二、被控訴代理人の求めた判決
(一) 本件控訴を棄却する。
(二) 控訴費用は控訴人の負担とする。
≪以下事実省略≫
理由
一、本件土地につき被控訴人のため名古屋法務局蟹江出張所昭和四二年三月一日受付第一一九四号をもって同年二月二八日付代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権仮登記が経由されていることは当事者間に争いがない。
そして、≪証拠省略≫によれば、本件予約は訴外蕨迫勝男が控訴人の代理人として被控訴人との間に締結されたものであることが認められこれに反する証拠はない。
二、そこで、訴外蕨迫に本件予約締結の代理権があったかどうかを検討するに、本件に顕出された全証拠をもってもこれを肯認しえず、かえって次のとおり、訴外蕨迫は右代理権を控訴人から授与されていなかったことが認められる。すなわち、
≪証拠省略≫を綜合すれば、訴外蕨迫は控訴人の妻訴外セツ枝の弟である(この点は当事者間に争いがない)が、昭和四一年一〇月初頃詐言を弄して、控訴人不知の間に、訴外セツ枝から控訴人が訴外亡鬼頭久太郎から相続した土地(本件土地はその一部)の登記済証書(以下権利証という)および控訴人の実印を借受けたうえ、同月五日これを冒用して、控訴人名義で訴外桑山与との間に本件土地のうち別紙目録(一)、(二)および(四)記載の各土地につき根抵当権設定契約(元本極度額一五〇万円)ならびに売買予約を締結し、同月二九日右根抵当権設定登記および右売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記を経由して(上記三筆の土地につき訴外桑山を権利者とする上記各登記がなされたことは当事者間に争いがない)、同人から金員を借受けたこと、控訴人は後日右事実を知ったが、訴外桑山においても訴外蕨迫が控訴人名義を勝手に使用したものであることを知り、訴外蕨迫を詐欺で告訴し警察問題にしたので、特に善後策を講じなかったこと、その後昭和四二年二月頃、訴外蕨迫は訴外桑山から解決を迫られ、同人に対する債務ならびに昭和四一年一一月一一日自己所有の土地につき根抵当権設定契約および停止条件付代物弁済契約を締結して訴外及部良助から金員を借受けていた債務を被控訴人から金員を借受けて弁済することとし、再び控訴人不知の間に、訴外セツ枝から権利証および控訴人の実印を借受けて、昭和四二年二月二八日控訴人の代理人として被控訴人との間に本件土地につき訴外蕨迫を債務者、元本極度額を金一五〇万円とする根抵当権設定契約および本件予約を締結し、被控訴人に対し右権利証、実印およびこれを使用して入手した印鑑証明書を交付して、右根抵当権設定登記および本件予約を原因とする所有権移転請求権仮登記手続を一任し、同年三月一日右各登記が経由されたこと、なお訴外蕨迫は同年二月二八日被控訴人から金二六五万円を借受け(この点は当事者間に争いがない)、それをもって右訴外桑山および同及部に対する債務を弁済し、右被控訴人に対する各登記と同時に、訴外桑山らに対する前記各登記の抹消登記を経由したことが認められる。
≪証拠省略≫中には、控訴人が訴外蕨迫に本件予約等締結の代理権を授与したことを認めていた趣旨の供述があるが、≪証拠省略≫と対比して信用できない。また、≪証拠省略≫を綜合すれば、控訴人は、前認定のように本件予約等締結のため訴外蕨迫において訴外セツ枝から本件権利証などを借り出してから半月位経った頃、同人から右事実を知らされて、急きょ被控訴人方に赴き、同人から本件権利証の返還を受け、本件土地につき前示のように被控訴人を権利者とする根抵当権設定登記および所有権移転請求権仮登記が経由されていることを知ったが、被控訴人に対し右各登記の抹消登記を求める等訴外蕨迫の代理権を否定する態度に出なかったばかりか、本件土地のうち二筆の田はその頃耕地整理の対象となっていたが、後日被控訴人から訴外蕨迫に対する貸付金の返済を請求された際、被控訴人に対し右耕地整理が完了するまでその支払いを待ってくれるよう返事をしていることが認められ(る。)≪証拠判断省略≫しかし、控訴人において右支払猶予を求めた際、同時に「家の者が勝手に印を使ったからこうなった。」と被控訴人に話した旨の≪証拠省略≫を綜合すれば、控訴人は、訴外蕨迫において被控訴人に対する債務を間違いなく支払うというので、その言を信じて右のように放置したことおよび訴外蕨迫が義弟であるところから多少の責任を感じて右のようにその債務の支払いに応ずる態度を示したまでであることがそれぞれ認められ、右のような事実をもって直ちに控訴人が訴外蕨迫に本件予約等締結の代理権を与えていたことの証左とはなし難い。
三、次に、被控訴人主張の表見代理の成否であるが、控訴人が本件土地につき訴外桑山のためなされた前示抵当権設定登記等の抹消登記手続に関し、訴外蕨迫に代理権を授与したことを認めるに足る証拠がないから、さらにその余の点につき検討を加えるまでもなく、右表見代理の成立は認められないといわなければならない。
四、しかしながら、前示のように、控訴人が本件土地につき被控訴人のため根抵当権設定登記および所有権移転請求権仮登記がなされていることを了知しながら、被控訴人に対し訴外蕨迫の代理権を否定する態度に出ず、かえって右根抵当権により担保されている同人の債務の支払いに応ずる趣旨の表明をなしたことは、右各登記原因たる契約(≪証拠省略≫を併せ考えれば、訴外蕨迫は控訴人の代理人として被控訴人との間に、本件土地につき前示根抵当権設定契約のほか、昭和四一年三月四日付で極度額を金一五〇万円とする二番根抵当権設定契約を締結したことが認められ、≪証拠省略≫は信用できないが、控訴人において上記表明をなした当時右後者の契約締結の事実を知っていたと認めるに足る証拠はない。)および登記手続につきなされた訴外蕨迫の無権代理行為の追認に当るというべきである。
結局、控訴人は本件土地を目的として昭和四二年二月二八日成立した前示根抵当権設定契約および代物弁済予約につき本人としての責を免れることはできず、それを原因とする前示各登記は有効なものといわなければならない。
五、ところで、前示本件予約締結の経緯よりして、本件予約は、その実質において被控訴人の訴外蕨迫に対する貸付金債権の担保を目的としたものであって、その目的のため被控訴人が予約完結権を行使し、本件土地の所有権を取得して右債権の満足をはかるに際しては、本件土地の評価額に照らして満足を受けるべき債権額を清算し、剰余を清算金として控訴人に交付することを要する趣旨の債権担保契約と解される。そして、被控訴人が本件土地の所有権を取得するために必要な前示仮登記に基づく本登記の履行と右清算金の支払とは同時履行の関係に立ち、また右本登記請求が訴えによりなされているときは右清算は口頭弁論終結時を基準としてなすべきものと解するのを相当とする。
それから、本件のように、債務者以外の第三者の所有不動産について債権担保を目的とする代物弁済予約が、同じ目的を有する抵当権設定契約と同時に締結され、所有権請求権仮登記および抵当権設定登記がそれぞれ経由されているときは、右代物弁済予約により担保される債権の範囲と抵当権により担保されるそれとは同一と解すべきである。けだし、両者の差異は担保目的実現の方式ないし手続にのみ求めるべきであるからである。
そうすると本件の場合、前示のとおり元本極度額を金一五〇万円として、≪証拠省略≫により認められるように昭和四二年二月二八日以後成立した債権が本件予約により担保されるものに属することとなる。
六、被控訴人が控訴人に対し昭和四四年四月一〇日送達された本件訴状により、本件予約完結の意思表示をなしたことは本件記録に照らし明らかである。
そこで、被控訴人の訴外蕨迫に対する債権額につき検討するに、被控訴人が訴外蕨迫に対し、昭和四二年二月二八日金二六五万円を貸付けたことおよびその弁済期が同年四月二七日であることは当事者に争いがない。
控訴人は、訴外蕨迫において右借受金債務の弁済として合計金一三一万八、九四〇円を被控訴人に対し支払った旨主張し、被控訴人は右金員の支払を受けた点のみを認め、その余の主張を争うが、右金員は右債務の弁済としてなされた旨の≪証拠省略≫は≪証拠省略≫と対比して信用できず、他に右控訴人の主張を認めるに足る証拠はない。
なお、≪証拠省略≫によれば、被控訴人の訴外蕨迫に対する債権については期限後の遅延損害金の率を日歩八銭二厘と定められていたことが認められ、これに反する証拠はないから、被控訴人は当審において口頭弁論が終結された昭和四七年六月八日現在、本件予約により担保される債権として、元本金一五〇万円、これに対する前示期限の翌日である昭和四二年四月二八日から右口頭弁論終結の日までの遅延損害金二二九万八、八七〇円(一日金一、二三〇円、日数一、八六九日)合計金三七九万八、八七〇円を有していたことが明らかである。
七、したがって、前示被控訴人の本件予約完結の意思表示は有効といわなければならないが、≪証拠省略≫によれば、被控訴人において本登記手続を求める本件土地のうち別紙目録(一)、(二)記載の二筆の土地(債権担保契約たる代物弁済予約を完結して目的不動産の所有権を取得しようとする場合、目的不動産が数個あってその一部の取得によって債権の満足をえられるときは、特段の事情のない限り、債権者が右満足を得るに必要な範囲をこえて目的不動産を取得することは許されないが、その選択権は、第一次的には、債権者にあると解するのを相当とする。しかして、弁論の全趣旨によれば、上記二筆の土地は、控訴人の住居の敷地として一体として利用され、一体として取り扱った方が個別的に取り扱うよりも社会取引上相当であり、かつ控訴人にとって有利であること、すなわち右特段の事情のあることが認められる。)の当審口頭弁論終結時における価額は少くとも金一、〇七四万七、六四八円であることが認められ、これに反する証拠はないから、控訴人は、これから前示債権総額を差し引いた金六九四万八、七七八円を被控訴人から支払いを受けるのと引き換えに、右二筆の土地につき、被控訴人に対し本登記手続をなすべき義務がある。
なお、被控訴人は右清算金額の算出に当っては、右土地上の控訴人の居宅の収去費用、右土地の所有権移転登記手続費用および不動産取得税等を考慮すべき旨主張するが、理由がないというべきである。
八、叙上により、被控訴人の請求は前示限度で理由があるから正当として認容し、その余は失当として棄却すべきである。
よって、これと一部趣旨を異にする原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 布谷憲治 裁判官 福田健次 豊島利夫)
<以下省略>